科学・芸術・社会の相互作用
(テーマ演習)

担当教員:磯部洋明
Instructor:ISOBE Hiroaki

概要

Abstract

京都市立芸術大学には「テーマ演習」という授業があります。簡単にいえば、学生や教員が発案した自主ゼミみたいなものが正規の授業として認定されるもので、美術学部では3~4回生の間に必ず1回はどれかのテーマ演習を履修する必要があります。大学院生は必須ではありませんが履修はできます。どのようなテーマ演習があるかは、大学のシラバスで講義科目名に「テーマ演習」と入れて検索してみて下さい。

テーマ演習の一つである「科学・芸術・社会の相互作用」は2018年度から続いています。主な目的は、芸術以外の専門分野を学ぶ他大学の学生と交流してお互いに学び合うことです。お互いの研究室/アトリエを訪問したり、それぞれの研究/制作を紹介したり、一緒に何か作ったり考えたりするワークショップをしたりしています。他大学から参加しているのは(担当教員の前職である)京都大学の学生さんが多いですが、それ以外の大学からも参加しています。(単位互換授業ではないので、他大学から参加している学生さんに単位が出るわけではありません)

授業期間以外にも、LINEグループを作って普段から情報交換や議論をしたり、時々オンラインや対面で集まって話したりしています。授業名に「社会」が入っていることからも分かるように、科学・芸術の価値や評価基準、政治や経済との距離感、ジェンダーギャップやハラスメント、労働条件など、コミュニティのしての科学と芸術が社会との間で抱えている問題に関心を持つ人も多く、そういう話題を議論したり、スピンオフ的に勉強会を開いたりもしています。

期間中のイベントは履修生優先で運営しますが、基本的には授業というよりはゆるやかなコミュニティという雰囲気で、過去の履修生や卒業生も多くがそのままLINEのグループに残って交流を続けていますし、テーマ演習履修前の1,2回生が参加することもあります。

2023年度の活動の様子

2023年度は、京芸の履修生がそれぞれ何か一つ企画をたてて実施するか、または各回の記録を取ってウェブに掲載するための記録を取るということをしました。以下、履修生によるレポートはほぼそのまま掲載しています。

4月27日 岩絵具の会

撮影と執筆:堀 真愛佳(日本画専攻)

2023年4月27日木曜日。京都出町柳の通称鴨川デルタにて、岩絵の具の会を行いました。今年度のテーマ演習が始まって初めての学外活動です。

今回は、保存修復専攻の王さんによる企画で、鴨川の石をすりつぶし、岩絵の具にして絵を描くことを目的としています。

まず初めに、橋の下を拠点として、鴨川で石を選ぶ作業をしました。王さん曰く、色の濃い石の方が、絵の具にしたときに色が出やすいのだそうです。一方、ガラスはどんなにカラフルであっても白い絵の具になるとのことで、お話を聞いて、色々な石で試したくなりました。

河原に屈んだり、靴を脱いで川の中へ石を探しに行く人もいました。私も、初めのうちは躊躇しましたが、鴨川に素足を入れる日が、今日以降一生訪れないかもしれないと思うと、自然と裸足になって石を探していました。時刻は14時頃で日差しが強く、少し汗ばむ気温でしたから、水が指先に触れて、その冷たさに驚きました。石だらけの川の中は足つぼマッサージのようで、歩くだけでも大変です。幼い頃の、身体全体で地球を感じていた新鮮な感覚が思い出されました。

採取した石は、ダイヤモンド砥石でショウガを擂るように削り、粉末状にします。石には、削りやすいものと、削りにくいものがありました。これは、指で触ったときに何となく柔らかい感覚がするものを選ぶと良いです。石を削った時点で、石そのものの色と、粉末状にしたものの色に差がありました。石の表面の色がそのまま反映されるわけではないようです

次に、粉末に1~2滴の膠を垂らし、筆や指で混ぜ合わせます。場合によって水を足し、描き心地を調節します。今回使用した膠は、三千本膠で、日本画では一般的に使用されているものです。主に牛の皮等から作られており、接着剤の役割を果たします。

岩絵の具は、道端の石では到底なりえないものだと思い込んでいましたが、少なくとも、今回の活動で「鴨川の石は、絵を描くのに申し分ない絵の具になる」という結果が得られました。岩絵の具特有の、きらきらした粒子感も認められます。岩絵の具は高価なので、お金に困ったときは、鴨川の石で絵の具を作ってみるのも良いかもしれません。

途中でお菓子の差し入れがあり、みたらし団子の絵を描く人もいましたが、石の絵を描いている人が一番多かったです。モチーフを描くときに、対象物から採取したものを、そのまま絵にする手法は、私も以前したことがありました。石を描くのに石を使うのは、ごく自然なことなのかもしれません。立体の石であったものが、平面の石に変換されていくのは、何とも不思議な光景でした。

石を削って粉末状にしたときと同じように、石の色がそのまま絵の具の色に反映されるわけではありません。前述したように、ガラスは何色であっても、絵の具にすると白色になり、黒色の石がくすんだ緑色の絵の具になることもあります。表面が赤系統の石は、絵の具にしても赤みのある色を保つことや、レンガは発色が良いことが分かりました。赤い花は、磯部先生が採取したもので、絵にそのまま貼り付けていた人もいました。

左の画像は、お弁当でお馴染みのランチャームを描いた作品です。王さんが配布してくださった、ランチャームに膠を詰めたものをモチーフにしており、蓋の部分に、花を貼り付けています。

磯部先生のデジタルマイクロスコープで、石を研いだ後のダイヤモンド砥石を観察している様子です。それほど汚れていないように見える部分も、大量の石の粉末が付着していました。マットに塗ったつもりでも、拡大して見てみると小さな粒の集まりでした。地面にも、宇宙の星々にも見えます。

最後は、参加者が描いた絵を並べて、それぞれ描いたモチーフのことや、気づき等を話し合いました。絵を描くときは、一般的に既製の絵の具を用意しますが、今回は、絵の具として使用する石の調達から始めました。私はこの段階で、先史時代に洞窟壁画を描いた人類に思いを馳せ、友達或いは初めて会う人と肩を並べ、自由気ままに絵を描いていて、園児時代の集団行動を想起しました。

過去の自分と過去の人類に、勝手に親しみを感じた岩絵の具の会でした。

岩絵の具の会の後は、鴨川懇親会を行いました。白い月が綺麗でした。

5月12日 研究・制作の紹介

美術学部の久保尚子さん(漆工専攻)、吉田開登さん(彫刻専攻)、三戸海李さん(彫刻専攻)が、芸術分野の専門ではない京都大学の学生さんも参加する場で、自分の制作についてプレゼンを行いました。

5月25日 大阪市科学館見学

「展示」について美術と科学の違いについて考えてみたいという大学院彫刻専攻の上原咲歩さんの企画で、大阪市科学館に見学に行きました。科学分野の展示に詳しいゲストとして、日本科学未来館でサイエンスコミュニケータとして勤務した経験があり、京都大学大学院総合生存学館で科学コミュニケーションを研究している長島瑠子さんに来て頂き、一緒に展示を見て回った後、「展示の仕方」に着目しながら意見交換を行いました。

科学館見学の様子
終了後に科学館の前の広場で意見交換

6月8日 京都大学生命科学研究科・井垣研究室見学

京都大学生命科学研究科・システム機能学分野(井垣研究室)の見学をさせて頂きました。きっかけは、京芸大学院・油画専攻の卒業生が同研究室で技術補佐員として実験でつかうショウジョウバエの管理などの仕事をしていて、「見学に来てもいいですよ〜」と言ってくださったことでした。

当日は、同研究室准教授の菅田浩司先生、それに大学院生の祁慎介さん、城戸明日香さんが研究紹介をしてくださりました。その後、実際にショウジョウバエを飼育したり実験や分析を行ったしているところを見せていただきました。

研究紹介のメモ:原田佳苑(総合芸術学専攻)

なぜハエなのか
・遺伝子情報が全て解読されている
・ゲノムが全て解読されている
・ハエは4種のものが1億個、人は32個が1億個
・解析する技術が発展し、2000年に全て分かった
・人の遺伝情報がどこにあるか分からなかった時代に ハエはわかっていた
・遺伝子の変異で癌になった時、モノの証明ができる

遺伝子組み換え生物の充実
人工動物を作るのは大変だが、ショウジョウバエは1、2週間でできる。マウスは高等生物かつ作るのが難しい、価値がある生物である。資産登録の変更MtA、大学の資産を他の大学に移すなど面倒なことがあるが、ハエはタダかつ迅速にメールで連絡ができる。
→つまり競争は激しいが業界としてはスピードが速い。

ハエのサイクルは2週間弱で、寿命が100日と短い。
遺伝子組み換えは寿命が長いほうがいいのでは?
→晩発性疾患という年寄りにならないと出てこない症状(マウスが発症するまでに2年ほどかか
る)を、1ヶ月すればお年寄りのハエで検証することができる。短い方が良い。
子供は早く出てきてほしい。ハエはオスメス交配して卵産まれて次の日には産まれてくるし、すぐ
に色々はじめられる。(マウスは20日必要) 維持、実験など全てが安価。

遺伝子が進化的に保存されている
→人の病気に関わる70%の遺伝子をハエも持っている、(進化的というのは違う種ということ)
同じ働きをすることがわかっている
⇨つまりハエは羽の生えた人
脳の中には沢山の細胞がある。入り組んだ形にすることで多く細胞をもつことができる。
人で癌になってしまう操作をするとハエも癌になる。

・モデル生物としてのショウジョウバエ
人はご飯食べると血糖値上がり、糖分が細胞に取り込まれてエネルギーになる。
どうやって細胞に取り込むのか
→インシリンが必要。ハエもインシリン持ってる。
分泌するものが脳にある。膵臓のような臓器はない。
インシリンを分泌することは進化的にある。インシリンの分泌を制御するメカニズムは研究できそうである。ハエに軟骨、背骨はないため、脊髄損傷の研究はできない可能性が高い。

いろいろな利点をどのように活かすかは私たち次第である。どの点をどう切り口を作っていくのか
が鍵。菌に感染したショウジョウバエ…遺伝子が進化的に保存されており、人に起きることはハエにも
起きる。菌への免疫がハエにある。自然免疫と獲得免疫がある。一つ一つのバイアルに異なる種類の遺
伝子組み換え細胞がある。

ハムスターは1ゲージに1、2匹しか入らないが、ハエはケージに相当する入れ物が小さいケース
のため、2、3万本を2人で維持できる。万の系統はマウスではできない。

ある遺伝子が目を作るために大切であることをどうやってしめせば納得してもらえるのか。
→何を説明すれば大切と思ってもらえるのか
何を証明すれば驚きが生まれるのか
→ある遺伝子が目を作るために「必要十分である」ことを示す

・野生型ショウジョウバエの複眼
目を作るために必要な遺伝子をもたないショウジョウバエ→この遺伝子は目を作るために「必要」
であると言う。この遺伝子は目を作るために「十分」である→その遺伝子を持っていないハエに無理やりあげる
と証明できる。複眼をつくるために必要な遺伝子を強制的に別の細胞に持たせたショウジョウバエ
この遺伝子は目を作るために「十分」である。

・遺伝子学を用いた解析の考え方
ある遺伝子AがBの機能を促進、C、Dがあって促進され目ができる。相乗効果の可能性。生物は相乗効果が起きることがある。正常な皮膚もいろんな観点から見ると出来の悪いものもある。良いものは生き残れるがいまいち
でもいまいちだけなら生きることができる。両者が同時に存在すると優劣できお互いを感知してしまう、これを細胞競合という。排除されないとノイズみたいになりちゃんと生きていけない

羽根になる組織、機能破壊した遺伝子、パッチ状にすると
・組織全体で機能無くすと無秩序になりガン化
・細胞競合にはがん抑制効果がある

排除される癌細胞との相互作用である遺伝子が活性化されてどんどん解析されていく。細胞競合の役立ち、癌治療の新たな標的、遺伝子レベルでの基盤を生み出すことの期待、生物の発生や個体維持。

ロボットと人間、何が1番違うのか。ロボは錆びたら自己最適化できず朽ちていくが、人は不必要な細胞、癌原性の駆逐物など排除し自己最適化できる、→自立性を持ってる
多細胞生命の大きな特徴の一つである自律性

6月22日 京都大学ルネ オープンラボ参加

撮影と執筆:平原弥宜(構想設計専攻)

6月22日(木)、京都大学吉田キャンパスの京大生協ルネ1Fの一角にて行われていたオープンラボにて、本テーマ演習が企画を行った。

企画の出発点として、芸術文化に日常的に触れている美大生とそうではない大学生(京大生)との作品鑑賞の視点の違いを見たいという興味から始まり、具体的な企画内容は、ルネの一角にて構想設計専攻3回生の三宅さんと陶磁器専攻4回生の山田さんがそれぞれ作品を持ち込んで展示、また油画専攻3回生の小林さん企画の絵しりとりのコーナーを準備し、たまたま通りかかった人が気軽に立ち寄ることができる空間を用意した。作品展示では鑑賞者に付箋で作品の感想を書いてもらい(ピンクの付箋→京芸生、青の付箋→ルネに立ち寄った人)、さらに三宅さんの展示では作品を鑑賞した上で鑑賞者に「詩」を書いてもらう、山田さんの展示では鑑賞者に展示作品が「『現象』っぽいか『作品』っぽいか」、「美味しそうか不味そうか」という分類をさせた。

この日は雨が降っていたためルネに立ち寄る人が少なく、天気が良ければより活発な京大生との交流を図ることができたかもしれない。

後日、京都市立芸大の食堂にてオープンラボ企画の反省会が行われ、主な感想・反省として以下があげられた。

・より気楽に人が立ち寄ることができる空間を提供したかった。
・感想を付箋に「書く」ことで、書くほどではない素朴な言葉が失われてしまった。
・「授業」であり、「伝える」ことが前提の企画である分、必ずしも説明を必要としない個展形式の展示とは異なる言葉を使って作品を説明できた。
・展示として「書く」や「分類する」とバラエティがあってよかった。
・見た目に何かをやっている感が出ていて、京都市立芸大と交流できる場を示すことができた。

オープンラボの風景
オープンラボの風景
山田さんの展示
山田さんの展示
三宅さんの展示
三宅さんの展示
来場者の感想など
絵しりとり

スピンオフイベント

今年度も、授業以外にテーマ演習(のLINEグループ)のメンバーでスピンオフっぽい活動が色々ありました。一部を紹介します。

ウトロ平和祈念館見学

7月7日には、2022年にオープンした宇治市のウトロ平和祈念館に見学に行きました。ウトロとは、1940年から日本政府が推進した「京都飛行場建設」に集められた在日コリアンの労働者の方々の飯場跡に形成された集落の名称です。ウトロ地区の歴史については同館のHPをご覧ください。

祈念館内の展示や資料を見て在日コリアンやウトロ地区の歴史を学んだ他、差別意識とヘイトが動機とされる2021年の同地区の放火事件の跡地もボランティアの方の案内で見学させて頂きました。

ウトロ平和祈念館前で
ボランティアの方の案内でウトロ地区の見学。京都大学から別のグループも見学に来てました。

ペルセウス座流星群観察

兵庫県にある西はりま天文台では、毎年8月のペルセウス座流星群の時期、流星観察のために夜に敷地を開放するとともに様々なイベントを開催しています。2023年度は磯部が「ハンセン病療養所 長島愛生園の天文観測」というタイトルで講演を行ったのですが、そのついでに同天文台のコテージを使わせて頂けることになったので、過去にテーマ演習に参加していた学生や卒業生数名と流星群の観察に参加しました。

流星群を待つ人々
西はりま天文台(撮影:吉村実紗)
天の川(撮影:髙岸航平)
西はりま天文台からみた夜空(撮影:吉村実紗)

京都市中央食肉市場見学

京都市中央食肉市場では市民や観光客の見学を受け入れています(要予約。詳細は京都市のHP参照)。2月の末に京芸と京大と学生10名強で見学に訪れました。最初に食肉の流通についてのビデオを見たあと、職員の方に解説して頂きながら、牛とと畜と解体の様子を見学させて頂きました。

数年前に立て替えられて近代的な建物(内部は撮影禁止)
京都市中央食肉市場で主に扱っている黒毛和牛

昨年度までの活動

過去に行ってきた活動のうち、記録を残しているものを紹介します。

2022年度

対面での活動がかなり増えてきました。ULA内部ページ

2021年度

2021年度は新型コロナウイルス感染症流行のため多くがオンラインでの活動となりましたが、感染対策に気を付けながら、屋外や換気の良い場所でできることを中心に、一部で対面の活動も行いました。(外部サイト)

2018-2019年度

本テーマ演習が始まったのは、担当教員の磯部が京芸に着任した2018年度の後期のことで、その年前期の大学院生向け授業「自然科学探究特講」の履修生のうち何人かが、「後期にも何かやりたい」とテーマ演習を立ち上げてくれました。最初の2年間の活動の一部がこのサイトに掲載されています。(外部サイト)

関連した活動

本テーマ演習の授業として行ったものではありませんが、テーマ演習のスピンオフ的に企画されたり、広い意味での参加メンバーと担当教員(磯部)が関わる形で行った活動です。

宙漆プロジェクト

美術学部の学生・卒業生と他大学の工学系の学生の合同プロジェクトで、漆造形作品をスペースバルーンで成層圏まで運び、作品が地球の青い光に照らされる様子を撮影しました。外部サイト

座談会 表現の自由と倫理 2022

2016年に京都市立芸術大学のギャラリーアクアで開かれ、多くの批判の声があがったイベントについて振り返り、表現の自由や表現することに伴う倫理的な問題について話しあいました。(外部サイト)

アートxサイエンスxジェンダー

芸術と科学(学術)の両方がそのコミュニティ内部に抱えているジェンダー不平等について一緒に考えることを目的にした研究会を開催しました。(外部サイト)