哲学特論

担当教員:永守伸年
Instructor:NAGAMORI Nobutoshi

概要

Abstract

ゼミ形式で哲学の原典を精読します。これまで、プラトン、アリストテレス、カントといった哲学の古典のほか、「「記憶」についての哲学」、「「大東亜戦争」をめぐる文学作品」、「「差別」の倫理学」に関わる文献を読んできました。毎回の授業で発表担当者を決め、時間をかけて全員で議論します

履修生による紹介

─2021年度 美術科 3回生 北村花

永守先生の「哲学特論」の授業では、毎回受講生が担当の範囲の要約・考察を書き、それをもとに議論を重ねます。2021年度の『哲学特論』では、デボラ・ヘルマンの著作『差別はいつ悪質になるのか』を一年を通して精読しました。

『差別はいつ悪質になるのか』で書かれていた内容を、簡単にまとめておきたいと思います。ここでいう「差別」とは「人々をなんらかの特徴に基づいて区別すること」です。「差別じゃなくて区別だ」というのは差別を擁護するときに用いられる常套句でもありますが、では「区別はいつ差別になるのか」、ということについて深掘りし、多くの事例をもとに検証されたのが、この『差別はいつ悪質になるのか』という本です。

著者は、区別と差別の境界線を探るために、「意図」「行為」「害」の三つのアプローチを提示し、その中で、差別かどうかを判断する基準として「行為」に着目しています。

そして、その行為が人を「貶価(=他者を劣ったものとして扱う)」するかどうかが差別の悪質さを決定付けるとして、論が進められていきます。

授業内での議論や意見の一部をここでご紹介します。

差別の歴史と文脈について述べられた章では、HSD特徴(冷遇された歴史を持つあるいは社会的地位が低い)を持った人々として、黒人やユダヤ人、女性などが例示されていました。それに対し、現代では、LGBTQ+といった性的マイノリティの方々も考慮に入れる必要があるのでは、という意見がありました。

また、差別と実績について述べられた章では、大学の入試制度が話題に上がりました。学校の入試では、成績に基づいて区別をつけることは現時点では差別とは思われていません。なぜなら、技術や能力に対する評価は、ある程度妥当な「区別」であると思われているからで、実際私たち学生もそうした制度を利用して大学に入学しています。こうした実績主義に対する違和感は、この授業を受けて初めて明確化されたように思います。

日本の死刑制度や犯罪者の刑罰に関する制度についても様々な意見がありましたが、それが人々を貶価するかどうかは判断が難しく、現行の制度が必ずしも正しいとは限らないということを実感させられました。

さらに、合理的な差別について取り上げた章では、「逸失利益(=交通事故などで被害者が受け取る賠償金)」における障害者と健常者の格差を例に出し、他の受講生の意見を聞きました。現状の社会では障害者と健常者の賃金格差が存在しており、その歪な状態の上に制度が成り立っているということに対する思いや考えを皆で共有しました。

永守先生が教えられている別の講義である『現代思想』や『哲学』では、手紙形式のテキストを中心とした講義になっていますが、『哲学特論』では、このように受講生同士で話し合いながら、一冊の本をじっくりと読み込む形式がとられています。一人で読むには難解でなかなか根気がいる本ですが、他の受講生の考えを聞き、さらに永守先生が噛み砕いてまとめ、疑問点に応答してくださることで、ひとりでは辿りつけない深い理解を得られたのではないかなと思っています。

最初の授業で、『哲学特論』を受講することにしたきっかけとして、「Black Lives Matter」や「Stop Asian Hate」などの人種差別運動を挙げられている方も何人かいらっしゃいました。最近でも、不安定な情勢から差別問題が露呈するような事例も少なくないです。

差別の問題は様々な要素が複雑に絡み合っていていて、ひとりでそれを解きほぐしていくことは容易ではありません。暗い海の上を、頼りない小舟で何の明かりもなく彷徨っていくようなものです。

ふと見たニュースで差別問題が取り上げられるとき、SNSで差別に関する話題が言及されるとき、友達や知り合いなど自分と違う考えの人と話すとき、身近な日常で差別する/されるような場面に直面したとき、そしてこれから生きていく上で、差別について考えるきっかけとなる出来事は度々訪れるだろうと思います。

『哲学特論』で学んだことは、すぐに役に立つような即効性のあるものではないかもしれませんが、迷ったときに方向を指し示す灯になってくれるように思います。

毎回授業の題材が変わるということなので、来年はどのような授業になるかはわからないですが、ひとつの事柄についてとことん話し合いながら考えを深めたいという方にはお勧めです。

図:「差別はいつ悪質になるのか」がテーマのマインドマップ