お知らせ
2025.11.5
2026年度から、美術研究科・博士後期課程に新しく「リベラルアーツ領域」が設置されることが決まりました。入試の方法などの詳細は募集要項をご覧ください。
大学院美術研究科の入試情報 https://www.kcua.ac.jp/admission/arts-gr/
大学院美術研究科博士後期課程 https://www.kcua.ac.jp/arts/arts-graduate-doctor/
リベラルアーツ領域について
コンセプト
京都芸大にはリベラルアーツ教育を重視する伝統があります。その理由の一つには、様々な学問分野を学ぶことが芸術の探求と創造にも寄与するという信念があります。そうだとすれば、逆に芸術的アプローチが既存の学問分野に新たな展開をもたらすこともあるはずです。リベラルアーツ領域では、多様な専門性を持つ領域教員から指導を受け、芸術を志す多くの学生・他領域教員と交流しながら、様々な学問と芸術の交差領域における研究に取り組み、この世界を自由に生きる技芸=リベラルアーツとしての学問と芸術を追求します。
指導体制
リベラルアーツ領域では、美術研究科博士後期課程の他領域と同様に複数の教員がチームで研究指導にあたります。主指導教員は領域教員のうち主任指導有資格教員が担当します。副指導教員は2名以上とし、原則としてそのうち1名は美術研究科他領域の実技系(または芸術学)の教員が、1名は領域内教員が担当します。他領域の副指導教員は学生の研究内容に合わせて適切な教員に依頼します。領域内の副指導教員は、それぞれの専門分野の視点から助言するとともに、学生生活全般の相談に乗るメンター的役割を果たします。
領域教員
飯田真人(美術教育)、◯磯部洋明(宇宙物理学・科学コミュニケーション)、上英俊(保健体育・健康科学)、◯玉井尚彦(言語学・英語学)、戸澤幸作(哲学)、◯中村翠(フランス文学)、◯堀田千絵(心理学)、村上裕美(理論経済学)
◯がついているのが主任指導有資格教員です。
研究テーマと想定されている学生像
リベラルアーツ領域では、狭義の芸術ではない学問領域と芸術の交差領域を扱います。そもそも芸術は扱う範囲の境界が明確ではなく、多様なテーマを取り扱うことが可能です。リベラルアーツ領域では、狭い意味での芸術以外の学問分野を基盤しつつ、そこから発展させる形で芸術領域にまたがる新たな知見をもたらす研究や、逆に芸術分野の専門性を活かしつつ他の学問分野における専門知の積み重ねにも貢献する成果を創出することを目指しています。これは既存の学問領域では必ずしも扱ってこなかったもので、領域に参加する教員にとっても新しい挑戦です。
本領域が受け入れる学生としては、芸術以外のアカデミックな分野へも新たな一歩を踏み入れたいと願う美術の実技系分野出身者と、芸術との交差領域へ挑戦したいと願う芸術以外の学問分野出身者の両方を想定しています。ただし芸術との交差領域であればどのような分野の研究でも受け入れるわけではなく、領域教員の専門性も考慮して、入学後に学術的に充分高度な博士論文を3年間で書き上げることが見込めるかどうかを慎重に判断します。博士論文には芸術の作品制作・プロジェクト等の実践を含めることができますが、それらは必須ではありません。
以下に具体的な研究テーマの例を示します。これらはあくまで本領域における研究のイメージを伝えるための例であり、学生の研究テーマはこれらに限られるものではありません。
1. 先端科学技術が人と社会にもたらすものの探求とその芸術表現を通じた提示
生命科学、人工知能などの先端科学技術は人間の世界認識や社会のあり方に大きな影響を与えうるものであり、それゆえに芸術的創作の源泉ともなってきた。その結果生まれた作品群は、科学技術がもたらす未来の不確実性や漠然とした期待と不安を敏感に察知し、芸術的表象として社会に提示することで、科学技術の社会実装に関する議論を喚起する役割も果たしてきた。一方、2010年代ころから科学技術の倫理・法・社会的課題(ELSI)に関する研究が重視されるようになり、宇宙開発、気候変動、社会科学などこれまで以上に多様な科学技術分野がELSI研究の俎上に乗り、分析の視点もジェンダー、ポストコロニアリズム、超長期的な世代間倫理など多様化、高度化してきている。最新のELSI研究を踏まえた上で先端科学技術が人と社会にもたらすものをもう一度芸術的アプローチから見直すことは、科学技術社会論とサイエンスアートの双方に新たな展開をもたらすことが期待される。
本研究テーマには他大学等の大学院修士課程で科学技術分野または関連する社会科学的研究を修めた学生を想定し、科学技術社会論や過去のサイエンスアート作品を先行研究としておさえつつ、生命、宇宙など自らの専門性がある分野の社会的インパクトや哲学的示唆について検討した論文を執筆するとともに、実技領域の教員の指導の元でその内容を体感的・印象的に表現し、人々に問いかけるための制作を行うような研究が想定できる。
関連して、先端的な研究の成果をより効果的に伝えたり、科学者と非専門家の間の対話を促すような仕掛けを考える、科学コミュニケーションのデザイン的な視点の研究も考えられる。そのような研究はこれまでもデザイン領域で実績があり、研究テーマやアウトプットの形によってはデザイン領域で受け入れることが適切な場合もあるだろう。科学コミュニケーションとデザインの交差領域でリベラルアーツ領域がより適していると考えられるテーマには、たとえば科学コミュニケーションに関する視覚的コンテンツの分析など、科学史・科学技術社会論の学術的研究にデザイン分析の視点を入れる研究などが考えられる。
2. 現象学的アプローチを用いたアート実践の社会的意義の探究
狭義のアートワールドにおける表現活動としてのアートには収まらない活動実践はたいてい、その意義を学術的ないし批評的に分析することが難しい。研究対象とするアーティストが同時代的あるいは没後間もない場合は、なおさら困難である。こうした研究対象に対しては、しばしば既存の芸術史的文脈や、特定の学術領域の知見を借用した解釈格子をあてはめることで客観的な評価を行うことが目指される。だが、そのような外的視点を持ち込むことで、研究対象のありのままの姿が失われ、分析が貧しいものになってしまうこともある。そこで、「生きられた体験」から出発する現象学的アプローチをとることで、研究対象とする活動実践の豊かな広がりを、既存の学術的価値の基準に縛られることなく記述することができる。具体的には、例えば、実践者本人や、その活動に関わる人々へのインタビュー調査によって、調査対象とする活動実践のエピソード的な証言の集積から、当該実践の意味を析出するなどの手法が想定される。〈理論的前提・仮説〉から〈検証・実験〉へと進むのではなく、反対に〈生きられた体験〉から〈意味〉を見出していくプロセスは、それ自体に発見的もしくは創発的な創造性が宿る。こうしたアプローチは、もともとは哲学に基盤を持ち、心理学やケアの分野でのオルタナティブとして醸成されてきたものだが、学術的評価の難しいアーティストの活動実践にも応用可能であると考えられる。
このような研究テーマに取り組む学生としては、狭義のアートワールドに収まらない活動実践を自ら行い、そうした自身の活動の意義を改めて考えたい者、あるいは、そうした活動実践を学術的に価値づけることでサポートしたい者が想定される。
3. 子どもの描画分析の諸相
子どもの描画を分析するという試みは、保育造形を含む保育、教育、発達心理学におけるテーマの一つである。これらの分析を通じて、子どもが外界をどのように認識しあらわすのかを探ることができると信じられてきたからでもある。保育、教育や心理学の現状では、描画そのものの分析について、子どもを取り巻く環境、運動姿勢、認知、言語、社会性等の発達といった標準化された分析視点がある。それらの視点では、子どもがどういった発達の道筋において「描く」ということが育まれるのかに収斂する傾向にある。発達の枠組みにとらわれることにより、描画のあり様が浅薄なものになってしまうことを、子どもとかかわっている人は経験的に知っている。例えば、色や形、反復、隠喩、アナロジー、リズム、テンポ等、どういった対象を手がかりとして子どもの「描く」が引き出されているのか、美術の実技教員の助言を受けつつ見てゆくことによって、どのように外界をとらえ、それを「描画」というメディアを通じてどのようにあらわしていくのか、既存のアプローチでは得られなかった視点からの知見が期待される。特に、教育学や心理学の分野からのアプローチではお決まりの作法が付きまとい、先行研究以上の視点は生まれにくいような問題群について、アートベースの視点で別角度からとらえるということ(創造を掻き立てる研究アプローチ)によって、当該学問領域の進展につながるのみならず、学校園現場での実践へと展開されることも期待できる。このような研究テーマに取り組む学生としては、教育に関心のある美術(実技)専攻出身者と、芸術的アプローチに関心のある教育学・心理学出身の学生の両方が考えられる。
4. アダプテーション理論と芸術創作の総括的研究
芸術作品を異なるジャンルに翻案する行為(アダプテーション)は、過去現在において絶えず繰り返されてきた。これを分析対象とするアダプテーション研究は、今世紀に入り、ジェンダー理論、ポストコロニアリズム理論を取り込みながら、急激に成長している。しかし、アダプテーション研究はあくまで批評という立場でしか学術的分野を確立することができていない。この博士新領域においては、在籍する学生はアダプテーション理論を研究するとともに、自らが関わっている視覚芸術ジャンルの特色を改めて考え直し、制作の立場から当該研究分野に新しい視座をもたらすことが可能になるだろう。他方、当該プロジェクトにたずさわる指導教員は、従来であれば、既存のアダプテーション作品について受容者の立場からしか分析ができなかったが、この博士新領域においては、創作の現場でアダプテーション作品が立ち上がるプロセスをも研究対象に含めることが可能になる。このように在籍学生と指導教員が共同で新しい研究アプローチに取り組むことで、教育を行いつつ新たな研究者を育成し、ひいては両者の相互的な影響関係がうまれるという、博士課程のあり方が期待される。
問い合わせ先
本領域の受験を考えている方、その他のお問い合わせは、当面は美術研究科博士(後期)課程学生募集要項に掲載されている問い合わせ先までお問い合わせください。
